2015-04-01から1ヶ月間の記事一覧

優しい不協和音のために

実を言うと僕はアルバイト先の同僚であるナカシマさんに恋をしている。ナカシマさんはトシ子ちゃんのお母さんだ。トシ子ちゃんは同じ高校の同級生で、女子テニス部に所属している。先月、トシ子ちゃんは男子テニス部のタケモト先輩と別れたらしい。トシ子ち…

カレーライス

近所のスーパーマケットで買い物をしていたら、後ろから声を掛けられて、振り向くとコウダさんがいた。コウダさんは人参とじゃがいもをカゴに入れていた。カレーライスを作ると言うのだ。 「最近はやけに暑いからカレーライスが食べたくなっちゃって」コウダ…

to Sandra

Dear Sandra, Thank you for e-mailing. I am delighted to be able to communicate with you. My address is written below, Nonki Kobayashi xxx-x, Hanazumi, Kasukabe-shi, Saitama, xxx-xxxx, Japan Please tell me also your address. By the way, The…

多摩川の精霊

お風呂に入ってぼうっとしていたら、河童が現れてしたくもないのに混浴するはめになった。彼は――性別はわからないけれど、なんとなく男?雄?っぽいので三人称代名詞は彼と呼ぶことにする、頭の上にお皿を乗っけていて、誰がどうみても河童なのに、自分は多摩…

くらげ坊主

水をたっぷり染み込ませたスポンジが地面に落ちる。 ――わっ。 茶色い飛沫を浴びて、ヨウスケは顔をしかめた。タクヤも飛沫を浴びたが、彼は何事もなかったかのようにスポンジを拾って、バケツの上でぎゅっと絞った。茶色い汁がスポンジから吹き出し、バケツ…

#脳内渋滞

#トモくん#バイト終わり#デート#天気いい#原宿#クレープ#甘党#ごちそうさま#竹下通り# fashion#青文字#きゃりーちゃん#人混み#足痛い#涙#おんぶ#ありがとう#電車#山手線#みどり#ミント味#車内広告#マツコ#体重#最近太った#ダイエットしなきゃ#明日から#彼氏…

風船を膨らました。暫くしたら破裂した。

ト ホイッスルがなる 男と女が行進して舞台に入ってくる 定位置についたら、それぞれ正面を向く 男:「あ!、という言葉から物語は始まる」 女:「あ!、という言葉から物語は始まる」 ト 『あ!』という台詞と同時に右手の人指し指を高くあげる 男:「あ!…

鏡の追憶

鏡は自分が美しいことを知っているが、自分自身の姿を見たことはない。もちろん鏡の真なる姿は誰も見たことはない。人はかつて鏡の真なる姿を見ようと躍起になったものだったが、それ故に鏡を見失ってしまった。鏡が光に晒される時、その時こそ彼は一番美し…

理髪のこと

髪の毛はずっと近所の床屋さんで切ってもらうことにしているが、一度だけ、美容院に浮気したことがある。一昨年の夏、大宮の街を歩いていたら、美容師にナンパされてついていってしまったのだ。 美容院は駅から少し離れたところにあった。美容院に着くまでの…

ジュンク堂

文芸雑誌の置かれている棚のところで中年の男の人が立ち読みをしていて、わたしは『すばる』を取り出すことができなかった。仕方が無いので、その棚の後ろにある女性ファッション雑誌のコーナーで『SEDA』と『mina』を読みはじめたが、文芸雑誌の棚の前が空…

□い生活

三年前に少しだけ付き合った彼から連絡が来たけれど、私は返事をしないで放置している。私は彼が嫌いになったわけではなかったし、振られたときは半年引きずったのだったけれど、いまはとにかく連絡事の一切に反応するのが億劫で、彼だけでなく友達からの連…

大石膏室

芸大の大石膏室は表がガラス張りになっていて大きな水槽だから魚がよく泳ぎ回る。石膏像は4年前あたりから急に溶け出して、少しずつ輪郭が曖昧になり、かつての神々はひっそり渇いた涙を流した。サモトラケのニケは涙を流さないかわりに羽根を毟る。メディチ…

パドス

同級生の女の子に帽子を奪われて、パドスは方向感覚を失った。パドスは早く家に帰って牛の世話をしなければならなかったのに、家の方向がわからなくなってしまって、気がつくと山のほうまで来てしまっていた。山はパドスの住んでいる村から4kmも離れていて、…

雨粒のラタナ

歩いているうちに雨はやんでしまったみたいだったが、ビニール傘を差し続けたまま歩いていると、急に強風が吹いてきて、傘が裏返ってしまった。アルミの骨がぐにゃっと折れ曲がって、傘をうまく閉じられない。仕方が無いから、差したまんま次第に晴れてくる…

ゴロゴロパタン

僕は忍者じゃないので手裏剣は投げられないし、ギタリストじゃないからギターも弾き熟せない。じゃあ僕にはいったい何ができるのだろうと考えるのだけれど、これといって得意なものはないのだからどうしようもない。眠るのは好きだ。でも眠りすぎて最近は寝…

道明寺

風に舞って紙が僕の足下に飛んできた。紙にはマジックインキで、"都合により、暫くお店を休みます 店主"と書いてあった。僕は紙を拾って、土ぼこりを払うと、それを綺麗に折り畳んでズボンのポケットの中に入れた。昼間の日差しが僕をじりじりと焼き付けてい…

鷹の爪

目が悪くなって裸眼では足の爪が切れなくなった。やりようによれば、見ずとも切れるのだろうけれど、僕は心配性だったから目視しなければ爪切りを扱うことができないのだ。それで、僕は足の爪を切らなくなった。一ヶ月もすると、足の爪は伸びきって、先端の…

チョコレートとニキビ

サカキくんに好かれたくて前髪をつくったら、おでこにニキビができてしまって、チョコレートが食べられなくなってしまいました。わたしは今一番サカキくんが好きで、二番目はチョコレート。あー、サカキくんとチョコレートが食べたいなー。サカキくんと一緒…

天井

天井板の木目が男の人の顔に見えるようになってからというもの、街ですれ違う男の人の顔がうまく認識できなくなった。どんな男の顔を見てみても、それは天井板に張り付いた顔に吸収されて、誰でも等しく同じ顔にしか見えなかった。天井板に男の顔があると気…

洗濯日和

ユキちゃんが洗濯物を干すと必ず僕はその姿を眺めるようにしていた。例えば昨日みたいにとても天気がいい日には、ユキちゃんはベランダに出て僕のシャツを干してくれる。白いシャツはお日様に晒され、風に吹かれてひらりと揺れ、ときどきユキちゃんの顔にや…

週末の旅

マヨネーズが流れている川が兵庫県にあると聞いたので、それじゃあ是非行ってみましょうと、旦那さんと盛り上がったのだけれど、よく考えてみれば私はそんなにマヨネーズが好きではないのでした。或は、栃木県にヨーグルトが吹き出すという沼があると誰かか…

鶴と亀

山口百恵に亀を貰って、笑福亭鶴瓶にテトラのレプトミンを貰って、舞城王太郎に水槽を貰って、僕はウラシマを飼うことになった。ウラシマは体長5,6cmの小さなミドリガメで、山口百恵がお祭りの亀掬いでとってきたものだった。ウラシマという名前は笑福亭鶴瓶…

ビスク・ドール

東京の二級河川で魚を釣った陶磁器人形のシモーヌは、黒い靴下の爪先の部分が濡れはじめているのに気がつきはじめていた。バケツに入ったフナやアメリカザリガニは互いに折り重なり合い、腐ったような臭気を辺り一面に放っていた。シモーヌはバケツの中の水…

水槽の中の子ども

あたし、あんたのオヤジと不倫しているのよとルウ子さんが言ったので、目の前の景色が遠のくかと思われたけれど、別にそんなことにはならなかった。僕の目は先ほどからガトーショコラを食べているルウ子さんの唇を捉えていて、それはたとえ世界が反転したと…

スピンクス

カーナビに従って車を走らせていると、リトアニアに辿り着いて、バルト海に面した街でエライザを拾った。助手席に座ったエライザは基本的に無愛想だったが、頭山の落語を僕が披露してやると、唇の端で少しだけ笑った。時折、彼女は稲穂のような黄金色の髪を…

ルフラン6号

瞼を二重に整形したら、人ごみの中から理科教師だけを選び出すことができるようになった。そうしてわかったことには、渋谷駅には理科教師が少なく、新宿駅には理科教師が多いということだった。 かくいう私も理科教師だった。埼玉にある県立高校で生物の授業…

グリンピース

アパートの階段を降りるとタカナシさんがそこに突っ立っていたので、私たちはそのまま結婚した。それからもう二年になる。私はタカナシさんのことを旦那さんと呼び、タカナシさんは私のことをお嫁さんと呼ぶ。タカナシさんがバツイチだったということは、結…

ユンタくん

ユンタくんのお母さんは三年前まで豚だったのだけれど、真珠に魅せられてミランダカーもびっくりの金髪美女に生まれ変わったのだった。そしたら、ユンタくんはとっても大変で、だって、お母さんのサイン会が新宿のタワーレコードで開催されるようになってし…

カフカの急須

一週間前にカフカが亡くなってからというもの僕は急須でまともにお茶すら淹れることができなくなった。いつでも急須を擦ればカフカが注ぎ口から出てきてくれると思っていたし、事実、この十数年間はそうして一緒に暮らしてきたんだ。ひきこもりがちな僕にと…

微笑と妄執

芳昭が荒廃した部落の中を歩いていていると、不意に袈裟の袖を引き寄せる者がおりました。振り向き見れば、そこにはまだ五つか六つの童どもが、物欲しげな顔で芳昭を見つめております。 「法師や、法師や」 童の中で一番大きな女童がか細い声で芳昭を呼びま…