鶴と亀

 山口百恵に亀を貰って、笑福亭鶴瓶にテトラのレプトミンを貰って、舞城王太郎に水槽を貰って、僕はウラシマを飼うことになった。ウラシマは体長5,6cmの小さなミドリガメで、山口百恵がお祭りの亀掬いでとってきたものだった。ウラシマという名前は笑福亭鶴瓶が付けた。『鶴瓶の家族に乾杯』で、埼玉県××市に鶴瓶がやってきた時に、つけてくれたのだった。ちょうどその日は舞城王太郎が遊びに来ることになっていて、電話で、鶴瓶が今僕の家に来ているんだと言うと、十分後、王太郎は両手に水槽を抱えて僕の部屋にやってきた。そして、水槽の中にウラシマを入れてやって、僕と鶴瓶と王太郎と、それから『家族に乾杯』のスタッフさんたちとで、水槽の中のウラシマを見守った。ウラシマは一旦陸場の岩の上に乗ってしまうとそこで動かなくなってしまったが、見ていて飽きることはなかった。鶴瓶がどこで買ってきたのか、テトラのレプトミンを持っていて、二、三粒ほどウラシマの目の前に置いてみると、ウラシマはのっそり頭をもたげて、ぱくりと食べはじめた。僕らは愉快になって、ウラシマを見ながら酒盛りをはじめ、途中で山口百恵を呼ぼうということになったのだが、酔いが回っていつまでたっても正確に電話番号を押すことができなかった。

 翌日、僕は一人になって、ウラシマの世話をはじめた。決まった時間に少量の餌をやり、残した餌を掃除して、バルコニーに出して日光浴をさせる。不思議なことに、ウラシマは昨日見たときよりも確実に大きくなっているみたいだった。食べたら食べた分だけ、陽を浴びたら浴びたぶんだけ、成長しているようだった。僕はiPhoneでウラシマの写真を幾つか撮って、厳選したものを山口百恵に送ってやった。その後、宇多田ヒカルから連絡があった。新曲のCDジャケットにウラシマの写真を使わせて欲しいとのことだった。宇多田、新曲出すんだと思いながら、曖昧に返事をすると、撮影は次の日曜日になると言う。随分急な依頼だったけれど、ウラシマに聞いても何にも言わなかったので、僕は承諾することにした。日曜日は五日後だった。

 山口百恵から返事が来たのはその日の夜だった。メールにはこのように書いてあった。

"阿Qくんへ

ウラシマ、元気そうで何よりです。そういえば、ウラシマのことを宇多田ヒカルさんにお話したら、非常に興味をお持ちになられて、是非見てみたいとのことだったので、事後報告で恐縮ですが、阿Qくんから送って頂いたお写真を宇多田さんに転送いたしました。ウラシマも元気そうですが、宇多田さんもたいへん元気です。

追伸:六月に入ったら雨が多くなって日光浴ができなくなるでしょうから、今度、紫外線ライトを送ります。山口"

  僕はサッポロの缶ビールを飲みながら、このメールを読んだ。柿の種をつまみにしてお酒をあおっていたのだけれど、途中で柿の種が無くなってしまって、仕方が無いから水槽の横に置いてあったレプトミンを少し出して、一思いに食べてみた。酔っていて味はよくわからなかったが、ほんのりしょっぱい味がして、口一杯に煮凝りの腐ったような臭いが広がる。しかし、追いかけるようにビールを流し込むと、たいして臭いも気にならなかった。僕はウラシマになったようで、愉快ですらあった。硬い甲羅を背負うて、日光浴、日光浴、らららそら、らららそら。即興で作曲をした歌を唄いながら、僕はいつの間にか眠りについていた。

——U3MUSICから電話が掛かってきて、僕は跳び起きた。寝ぼけた眼で時計を見ると、もう昼の十二時をとっくに過ぎていた。電話をとると、宇多田ヒカルのマネージャーさんだった。用件を手短に話しますと、ジャケット撮影に先立って宇多田がそちらのウラシマさんに事前に会っておきたいと申しております、電話口の相手は確かにそう言った。あああ、こんなことはどっかで前にあったような、そうして何が何だかわからないうちに、海芝浦に連れてかれたんだっけかと思っているうちに、口は勝手に言葉を発していて、どうやら承諾してしまっていた。で、急なのだけど、本当に急なのだけど、今日の夕方には僕の家に来るらしい。僕はそれこそ跳びはねるように起きる。

 まずは、散らかった部屋を綺麗にして、それからウラシマの硬い甲羅を磨き上げた。磨いている途中で、洒落たお茶菓子がないことに気がついて、近所のケーキ屋さんで、アソートチョコレートを買ってきて、ついでに、スーパーマーケットでパック入りの紅茶を買ってきた。そしてちょうど僕が部屋に戻ってきて一息つくと、呼び鈴が鳴って、見ると、そこに宇多田ヒカルが立っていた。宇多田ヒカルは一人だった。

「ようこそヒッキー」と挨拶をして、彼女を居間へ通した。宇多田ヒカルはなにやら珍しい服を着ていた。ピンクや水色のギラギラした衣装。僕はドギマギしながら、ウラシマを手のひらに乗せて、宇多田ヒカルの目の前に持っていった。宇多田ヒカルは目を輝かせてウラシマを見た。ウラシマは石のように動かなかったので、宇多田ヒカルはまるで宝石を眺めてうっとりしているように見えた。

 そのあと、僕はアソートチョコレートと紅茶を出してみたが、宇多田ヒカルは目もくれなかったので、僕は彼女から少し離れたところに腰を下ろして、かまうもんかと思ってビールを飲みはじめた。すると、宇多田ヒカルは急にこちらを向いて、ビールを飲みたそうにしたので、僕は缶ビールをもう一本冷蔵庫から取り出して彼女に手渡した。そうして、僕らはウラシマを見ながら、かりそめの宴を催した。いつまでたってもウラシマは微動だにしなかった。僕らはまだ知らなかったが、部屋の外では700年の時が過ぎ去ってしまっていた。

  

(2015年4月9日)