不労所得で暮らしていることを留学生のヤン君にバレて、それからクラス中の信用を失った。食っていくのはギリギリだが、働いてないことは事実だ。決して遊んでいるわけではないし、見ようによっては働いているようにも見えるはずだが、バードウォッチングな…

ピー助

話すのが好きなインコのピー助は飼い主の吉田さんが死んでからめっきり喋らなくなった。昔は好物の豆が欲しいときに「豆くれ、豆くれ」と言ったものだったのに、いまはうんともすんとも言わない。窓の外を見ては時折ため息をつくくらいのものだ。 いま、ピー…

ショウコさん

ジャズをやっていることを教えたことがあったかしらとショウコさんが言ったので、聞いたことがありませんと言うと、当たり前じゃない今日初めて会ったんだからと返された。ショウコさんはジャズをやっている。それも、五年も前からだ。もともとはクラシック…

そびれて

ユキちゃんに返しそびれたDVDを持って、川沿いの道を歩いていたら、いつのまにか菜の花畑に入り込んでいて、ミツバチが鼻先に止まった。小学生の頃からここを通っているのに、どうしてずっと気がつかなかったのだろう。菜の花はいつも教えてくれていたのに。…

あかしお

インターネットで見つけた海に行きたいと思って車を走らせて二時間、着いた海は赤い色に染まっていた。赤潮ってこういうことなのだろうか。ちがう気がするけれど、僕の中で生まれた言葉はそれだった。泳ぎ始めるとたいしたことはなかった。海は赤い色に染ま…

色の島

色鉛筆で世界を描こうとする河北さんの、その画用紙はまだ白いままである。昨日までは描けていたはずの、鼻の長い像の絵も、黄色いチューリップの絵も、いまはもう描けない。もう一度それを描こうとすれば、線が別の夢を主張するだろう。例えば、それは湖に…

せみのえび

昨日、えびを殻付きで食べていたのだけど、咀嚼しているうちにセミを食べている気になってきた。セミなんて食べた事ないけれど、前日にセミを食べている人をテレビで見て、その人がセミはえびの味に似ていると言っていたから、それに感化されてしまったのだ…

桜色の鱗

深海で眠っていた。まぶたが重くてあがらないのはそのせいだ。昨日は砂糖のたっぷりのホットミルクを飲んだから、それでいつもより眠りが深かったのだろう。身体にまとわりついた泡をゆすって、久しぶりに水中で呼吸をした。 いつかの人魚は陸に上がって、い…

コウキくん

水道の元栓を閉め忘れて家を出てしまったのは、コウキくんが夢に出てきたからだけど、夢の中のコウキくんは現実のコウキくんよりなで肩だったので、それで気になって水道の元栓のことをすっかり忘れてしまったのだと思う。節約をはじめようとして一週間ばか…

テントウムシの沼

三年越しに届いた手紙の封を開けようとしたら、左手の甲をテントウムシがよじ登っていたので、反対の手でそれをデコピンすると、おしっこみたいなやつを引っ掛けられた。手紙は差し出し人がわからなかったけど、たぶん沼の近くに住んでいる大神さんからの手…

アヤとシュウちゃん

その家には電子レンジがなかったから、せっかく買った冷凍食品を温めることができなくて、それはシュウちゃんは知っていたことだけど、アヤはこの家をまだよく知っているわけではなかったから、間違ったという認識もないまま、冷凍パスタを買ってしまったの…

阿佐ヶ谷の赤鬼

一寸法師がやってきてあなたは鬼だというものだから、わたしは鬼なのかと妙に納得してしまって、しかし、打ち出の小槌など持っていないのだから、やっぱり違うとも思ったのだけど、果たしてわたしは鬼だった。鬼は六畳一間の部屋に住んでいるものなのか。し…

浩子ちゃん

ジェニファーは人形らしい格好をしているからそんな名前で呼ばれているけれど、実は日本人とアメリカ人のハーフで、本名は浩子だ。自分ではとくにジェニファーという名前が気に入っているわけではないのに、みんながそう呼ぶからそれで定着している。人形ら…

給食後の掃除

小学生たちは頭に三角巾をして掃除をしていたのだが、一部の彼らは掃除なんて面倒だから適当にやればいいやと思っていて、教室に半田先生もいないものだから、ますます彼らは適当にやるようになって、それを見かねた一部の彼らがちゃんとやってよと金切り声…

鯉をかいに

庭に池を作った武彦おじさんが、鯉を飼いたいというので、ペットショップにでも行くのかと思ったら、そういうところで買ったら高いといって、知り合いに譲り受けるためとかで栃木までに行ってしまった。武彦おじさんは車が運転できないから、雅子おばさんが…

赤点の経験

底抜けに明るい立花さんの背後には、数式の書かれた黒板があって、その端っこに描かれてあるドラえもんだかの落書きは、クラスの誰かが描いたものなのだろうけど、大木先生はそのことをとくに追求しないし、とくに注目するほどのものではなかった。クラスの…

昼下がりまで

ついこの間、午後の紅茶を飲んでいるときに発見したのだけど、中山さんのところの家の塀はブロック塀に見えて実は発泡スチロールで出来ているのだ。ハリボテとはこういうことを言うのだろうと、妙に感心して缶を揺らしたら、もう午後の紅茶は残っていなかっ…

狐とのこと

狐に見初められてからというもの、つむじのあたりがなんだか変だ。いままで時計回りだったものが、反時計回りになったような、そういう感じなのだ。別に不快ではないし、生活にもなんら影響を及ぼさないのだが、大げさに言えば世界に対する感受性が違ってし…

老婦人と靴

ずいぶん昔の話になるが、アインシュタインが相対性理論を発見したとき、隣家の犬が吠えているのを聞いた靴屋のマゴリアムおじさんは、ちょうど眠りに落ちる寸前で起こされた。マゴリアムおじさんは根っからの職人気質だから、それが本当に関係あるかのどう…

コーヒーと隣町の病院

空きっ腹にコーヒを流し込んで平気な顔をしていたけれど、案の定、胃が痛くなってきて、これはもう病院に行かないと駄目だと思った矢先、ここは病院の無い町なのだということを思い出した。放っておけば治るさと町の人々は言うけれど、そんなこと言われたっ…

ヨシ子ちゃんとそのお姉さん

窓の外から声を掛けられたような気がしたので、窓を開けて外を覗いてみたらヨシ子ちゃんのお姉さんがいた。ヨシ子ちゃんとヨシ子ちゃんのお姉さんは顔がよく似ているから、最初はヨシ子ちゃんだと思ったのだけれど、よくよく見るとそれはヨシ子ちゃんじゃな…

耕平くんのはなし

コンタクトレンズの洗浄液を買おうと思ってコンビニに行ったら耕平くんに会った。彼は僕の従兄弟なのだけど、母同士の仲が悪いので久しく会っていなかった。どこぞ商社に勤めていると聞いていたのに、どうしてコンビニなんかにいるんだろう? いや、コンビニ…

散り散りになって、拾い集めるのが大変だと、コウタくんのお姉ちゃんが言うものだから、拾わずにせめて繋げましょうと提案したら、繋いだその先、ちょっとだけ震えていて、心許ないのは今に始まったことではない。誰にでもわかるように言葉を繋ぐのはそんな…

沈黙していることの忍耐に、たとえ君たちが火炎瓶を投げつけるとしても、石のように硬く、踏みつけられることも厭わずに、僕はそこに在り続けたい。 無数の声が僕に呼び掛けても、それはこの身体を簡単に通過して流れてしまう。 君たちの歌を刻みつけて、僕…

トキオくん

トキオくんのパパは冷房が嫌いなので、この夏も扇風機と団扇だけで乗り切ると息巻いています。でも、トキオくんは冷房とつけないと溶けてしまうので困るのです。この前、僕がトキオくんの家に行くと、玄関のところでトキオくんが溶けていました。溶けたトキ…

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呉須郎:「マヨネーズをブロッコリーにかけて食べるというのはいかにも貴方らしいことだから、私には到底真似できないことですが、と言いつつ、私もジャガイモにマヨネーズをかけて食べるのは好きなのでございます」 素寒貧:「でも、マヨネーズはニワトリの…

ジリジリ

起き抜けに出された素麺を啜って、喉に潤いを与えるのが夏のハイライト。蒸し上がった髪の毛が完全に縮れてて、幼い頃に遊んでたサコちゃんの髪の毛にそっくりだなと思いながら、シャワーを浴びて生き返ってる。でも、やっぱ夏だし、伸ばしっぱなしの髪はよ…

遠い場所からの声は いつもコップの中で そんな夢みたいだと 嘘をつけずにいるの 夜になったらそこは 白い街灯の光が強く その空白だけを残し 見つめることはない どうか願いを届けて 震える指の先の先で 古い手紙の書出しを なぞり続けてほしい (2015年7月2…

星 見る 星 の孤独を見 る ひまわり 逢 瀬 の川に涙 流れ て <短冊もカラーで見えるよく見える> (2015年7月7日)

夏だというのに、沸かした熱い白湯を飲んでいる。いつから、ただの水を、こうして沸かして飲むようになったのだろう。昔はジュースばかり飲んでいたのに、気がつけば、もうここ数年、白湯ばかりを飲んでいる。別に健康に気を使っているとか、美容のためとか…