ヨシ子ちゃんとそのお姉さん

 窓の外から声を掛けられたような気がしたので、窓を開けて外を覗いてみたらヨシ子ちゃんのお姉さんがいた。ヨシ子ちゃんとヨシ子ちゃんのお姉さんは顔がよく似ているから、最初はヨシ子ちゃんだと思ったのだけれど、よくよく見るとそれはヨシ子ちゃんじゃなくって、彼女のお姉さんだった。ヨシ子ちゃんのお姉さんは昔キャバクラで働いていたので、近所ではあまり評判が良くない。だけど、僕は好きなのだ。ヨシ子ちゃんみたいに、僕を子ども扱いするようなことはしないし、ヨシ子ちゃんの家に遊びに行った時なんかはお菓子をくれるから。それにいい匂いがするのだ。これはあんまり言ったら恥ずかしいことだけど。

 で、とにかくヨシ子ちゃんのお姉さんが窓の外にいたので、僕はとりあえず手を振った。そしたら向こうも振り返してくれて、

「ねえ、よかったらそっちに行ってもいいかしら?」

 って言うもんだから、もちろん、そんなのいいに決まってるって思うんだけど、いったい彼女はどうしてそんなこと言うのだろう? 僕の部屋は三階にあるのだから、ここに来るためにはどうしても階段を二回登らなければならない。果たして彼女にそんなことが出来るのだろうか? いや、出来るともと君たちは言うかもしれないけど、事態はそんなに単純なことではなくて、というか、単純すぎるゆえに困っているのだ。

 階段が多すぎるからたぶん来られないと思うってことをヨシ子ちゃんのお姉さんになんとか伝えようとするのだけど、そうするとますます僕らは会えそうになくなっていく。だって、それは物理的に不可能なのだ。いや、物理なんてろくに勉強したこと無いけど、なんとなくそうなのだ。階段を二回も登るなんて彼女にできるわけがないし、それをどうしてやることも出来ないのだ。全てはキャバクラに対する世間のイメージが悪い。華やかさに対する世間の恐れが悪い。

 僕とヨシ子ちゃんのお姉さんはしばらくの間、内と外でお互いを見つめ合っている。僕は彼女のいい匂いを思い出そうと努めるのだけど、そうしているうちにくしゃみがしたくなってきた。僕はヨシ子ちゃんのことを思い出す。彼女は、ヨシ子ちゃんは、下の歯が抜けたときに、それを僕の家の屋根に向かって投げた。その歯は届いたのだ。階段なんて無視して、三階すらも飛び越して。