コーヒーと隣町の病院

 空きっ腹にコーヒを流し込んで平気な顔をしていたけれど、案の定、胃が痛くなってきて、これはもう病院に行かないと駄目だと思った矢先、ここは病院の無い町なのだということを思い出した。放っておけば治るさと町の人々は言うけれど、そんなこと言われたって痛みが消えるわけでもない。ある人は、可哀想だからとリンゴを一つくれたけど、かじってみたら酸っぱくてとても食べられそうになかった。隣町に行けば病院もあるにはあるけれど、そこの医者は金持ちの医者で腕は駄目だから、当てにしてはいけない。僕はそんなことを考えながら、やはりコーヒーを飲んでいた。

 コーヒーにはカフェインが含まれておりますので、夜に飲んではいけませんといつか誰かに言われたことがあるけれど、どうしようもなく寂しい夜は誰と過ごせばいいと言うのだろう? 明け方にカラスが鳴きはじめるときに、まだ自分が起きていたとするならば、眠りにつけない自分自身を嫌悪し、冴えた頭の中で途方に暮れるだけなのだ。

 僕はコーヒーカップをテーブルの上に置き、せめてミルクを加えていたらこんなことにはならなかっただろうと思う。だって、ミルクはカップの中でコーヒーと混ざり合うのだから。お互いに二人のままではいられないのだから。

 いや、こんな比喩めいたことを持ち出さずとも、もっと端的にミルクの効用は示せたのかもしれない。しかし、そうするためには胃が健常である必要があったのだ。健常といえば、ついさっきまで僕の身体はまさしく健常だった。それがいまでは一刻も早く病院に行かなければならない身体になっている。テーブルの上のコーヒーにリンゴを浸し、一口だけかじってみる。いったい、健常者だらけの病院は存在するだろうか? 隣町の病院の金持ち息子は医者にならなければならないのだろうか?