桜色の鱗

 深海で眠っていた。まぶたが重くてあがらないのはそのせいだ。昨日は砂糖のたっぷりのホットミルクを飲んだから、それでいつもより眠りが深かったのだろう。身体にまとわりついた泡をゆすって、久しぶりに水中で呼吸をした。

 いつかの人魚は陸に上がって、いまは渋谷109でショップ店員をしている。彼女の鱗は剥がれ落ちて、その下から出てきたのはすらっとした脚だった。彼女は高いハイヒールを履いて、都会のアスファルトを音を立てながら歩く。

 深海で眠っていたのは、人魚だった頃の思い出がどうしても忘れられないからだ。勝手に浮き上がってくる身体をどのように沈めればいいのだろう。

 母の結婚指輪を捨ててしまった日のこと、桜色だった鱗がくすんだ緑に変わってしまった。指輪には大きな真珠がついていた。渋谷109で真珠の指輪は売っているだろうか?