鯉をかいに

 庭に池を作った武彦おじさんが、鯉を飼いたいというので、ペットショップにでも行くのかと思ったら、そういうところで買ったら高いといって、知り合いに譲り受けるためとかで栃木までに行ってしまった。武彦おじさんは車が運転できないから、雅子おばさんが運転して行ったらしいのだが、行ったきり帰ってくる気配がない。三、四年前に隣の家の犬が逃げ出して結局帰ってこなかったことがあったけど、武彦おじさんも雅子おばさんも犬ではないのだから、帰ってこないということもないだろう。きっとどこかで道草食ってるに違いないが、それにしても帰りが遅い。

 実を言うと、武彦おじさんは鯉をどうやって東京に持ち帰るか考えてなかったのだ。自分の腕の長さほどもある鯉を容れるものなど持っていなかったし、それを栃木の知り合いが貸してくれるわけでもない。それに、仮にそんな大きな容器があったとして、それを車で運ぶことなどできるだろうか。車が道を曲がるたびに容器の中の水が大きく波打ち、三度道を曲がろうものなら鯉がシートに踊り出てしまうだろう。武彦おじさんだけならまだしも、雅子おばさんがいるところでそんなことができるはずはない。武彦おじさんは雅子おばさんに頭があがらないのだ。

 それで、結局、栃木から帰れなくなってしまった。武彦おじさんは、知人の知人に水族館に勤めている人がいるということで、その人に大きな魚の搬入の仕方を電話で聞いたらしいのだが、その人が言うところにもやっぱり車で運ばなければならないらしかった。雅子おばさんは雅子おばさんで、栃木があまりにも住みやすかったのか、もう帰りたくないと言い出す始末だった。

 二人のいない間、武彦おじさんの作った池には蛙が住み着くようになり、とくに夜などは大合唱が聞こえるようになった。近隣の人は迷惑しているのかと思っていたら、それがそうでもないらしく、蛙が蚊を食べてくれるものだから、むしろありがたがっているくらいだった。三、四年前にいなくなった犬は、いまもまだ帰ってこない。