狐とのこと

 狐に見初められてからというもの、つむじのあたりがなんだか変だ。いままで時計回りだったものが、反時計回りになったような、そういう感じなのだ。別に不快ではないし、生活にもなんら影響を及ぼさないのだが、大げさに言えば世界に対する感受性が違ってしまったのだ。狐は油揚げを食べるから、わたしはハンバーグが食べられない。

 彼と出会ったのは、去年の夏祭りだった。彼がたこ焼きの屋台をやっていて、そこでわたしは500円のたこ焼きを買ったのだ。狐がつくるたこ焼きにしては、なかなかいい出来栄えだった。そのことを褒めたら、なんと見初められてしまったのである。

 すぐに結婚を、ということになったが、それはいくらなんでも早すぎるから、しばらく同棲してみて、それでお互いのことを知ろうということになった。狐はきちんと働くけれど、料理だけわたしが毎日やっている(彼はたこ焼きしか作れないのだ)。わたしは狐に喜ばれたくて油揚げを使った料理ばかりを作るけど、本当はハンバーグが食べたくて仕方がない。だから今度ファミレスに行って、お互い思う存分自分の好きなものだけを食べればいいと思っている。

 しかし、狐の入っていいファミレスなんて、いったいこの世に存在するのだろうか。仮に普通のファミレスに連れていったとして、店員さんたちは驚いたりしないだろうか。少なくとも、わたしはファミレスに狐を連れてきている人を見たことがない。あるいは、そういうことのできる世界が存在するのかもしれないけど。

 つむじの曲がった影響で、わたしはなんだか臆病になったようだ。狐はわたしのフィアンセなのだから、堂々とファミレスに連れて行けばいいのである。それでもし駄目だったとしても、わたしたちにはまだたこ焼きがある。たこ焼きにデミグラスソースをかけて、わたしたちの、わたしたちだけのハンバーグを作ればいいのである。

 狐はたこ焼きの屋台をやっていた。幸運にも、わたしは彼に見初められたのである。