アヤとシュウちゃん

 その家には電子レンジがなかったから、せっかく買った冷凍食品を温めることができなくて、それはシュウちゃんは知っていたことだけど、アヤはこの家をまだよく知っているわけではなかったから、間違ったという認識もないまま、冷凍パスタを買ってしまったのだった。

 窓を開けると涼しい風が吹いてきて、ふわっと揺れる髪を首元に感じながら、アヤはベランダに出た。洗濯物を取り込もうとして、今朝干したシュウちゃんのTシャツに触れると、まだ少し湿り気があってダメだった。空は青く、こんなにも陽が照っているというのに不思議だなとアヤは思ったが、それはアヤが勘違いしているだけだった。今朝干したTシャツ、というのはアヤが勝手にそう思い込んでいるだけで、本当はさっき干したばっかりなのだ。アヤは特別な障害を抱えているわけではない。ただ忘れっぽいだけだ。

 シュウちゃんはアヤが買ってきた冷凍パスタをどのようにして食べようかと思案していたが、パッケージに書いてある説明書きを何度読んでも、電子レンジを使わずに温める方法など書いてなかった。何の手がかりもないまま、しかし、途方に暮れるわけにもいかず、とりあえず日没までには答えを出そうとシュウちゃんは考えていた。空はまだ青いのだから焦ることはない。きっといい答えが見つかるだろう。

 どこかの家からピアノの音が漏れて聞こえてくる。たどたどしく、決して上手だとは言えないけれど、不思議なことに間違えて止まることはない。アヤはピアノを弾いているのが女の子であればいいなと思い、それを部屋の中のシュウちゃんに伝えると、シュウちゃんはうなずいて、きっとアヤの想像している通りの女の子だと言う。

 空はまだ青い。きっとアヤの想像している通りの女の子になるだろう。