週末の旅

 マヨネーズが流れている川が兵庫県にあると聞いたので、それじゃあ是非行ってみましょうと、旦那さんと盛り上がったのだけれど、よく考えてみれば私はそんなにマヨネーズが好きではないのでした。或は、栃木県にヨーグルトが吹き出すという沼があると誰かから聞いたことがありますが、それも全く同じ理由で、私は行きたいとは思わなかったのです。どうやら私は液体とも個体ともいえないようなものが苦手らしく、実際はただの食わず嫌いなのでしょうが、とにかくそういったものを避けて過ごしてきました。飲むなら飲むで喉越しが欲しいし、食べるなら食べるで歯ごたえが欲しい。私はわがままな女なのでしょうか?

 それはそうと、マヨネーズの川には旦那さんがどうしても行きたいと言ったので、わたしたちは先週末の休日にそこへ出掛けてみたのでした。旦那さんはいわゆるマヨラーというやつで、何でもかんでもマヨネーズをつけて食べたがるのです。例えば、この前も夕飯にカレーを作ってみたら、カレーのルウと同じくらいの量のマヨネーズをかけて食べていました。私は見ていて気持ち悪くなりましたが、別に旦那さんも外ではそういったことをしないので、家庭の中くらいは好きにさせてあげようと思い、何も言わないでそっとしてあげることにしました。それに、旦那さんはそういった食生活をしているのに、全く太らなければ、健康状態もいたって良好なのです。マヨネーズ=コレステロールと、何でもすぐに結びつけて考えてしまう私は短絡的なのかもしれません。

 東京から丹波まで車で9時間。さらに2時間ほど車を走らせて私たちはマヨネーズが流れるという川にたどり着きました。その川はある山の中腹に流れていていました。うすく黄色みがかった、白くてこってりとした流れ。どう見てもマヨネーズです。私たちはタッパーに詰めて持ってきていた野菜スティックを取り出し、川の中にディップして、数本食べてみました。やわらかく、まろやかなコクと酸味。旦那さんは声をあげて歓喜していました。うまい!マヨネーズだ!本当にマヨネーズだ!!それから私たちは、これも持ってきていたキューピーの200gのマヨネーズを取り出して、マヨネーズの味くらべをしてみました。正直なところ、私にはよくわかりませんでしたが、旦那さんはコクがどうの酸味がどうのと一人でブツブツ言っていました。それで結局のところ、川のマヨネーズは川のマヨネーズの良さが、キューピーのマヨネーズはキュ—ピーのマヨネーズの良さがあると言って一人で満足していました。私の舌はもうとっくに別の味を欲しがっていました。

 マヨネーズ川は何処から流れはじめて何処に流れつくのか見てみたいということになって、私たちはまず上流に向かって山を登りはじめました。夕方の空に蝙蝠が飛び去り、影に隠れた木々がざわめき、私たちは不安な気持ちを隠しながら、お互い無言でぬかるむ山道を踏みしめました。すると、あるところで急に視界が開け、お寺の境内に出ました。蛋黄寺(タンコウジ)。随分ヘンテコな名前のお寺です。しかもマヨネーズ川の流れはそのお寺の境内にある大きな岩の下から湧き出しているようです。私と旦那さんは顔を見合わせると、すぐに岩のところに駆け寄りました。岩の下からはドクドクとマヨネーズが湧き、それは巨大なうねる波となって流れてゆきます。旦那さんはまるで金の鉱脈を発見した人のようになって高らかに雄叫びをあげると、油まみれになるのを厭わずに、頭ごとマヨネーズの中に突っ込んでしまいました。私はしょうがないので、境内の中を散策していると、お寺の中から和尚さんが出てきました。和尚さんは私を見ると、にっこり微笑んで、私に近づいてきました。

「おや、珍しいですな。こんな山奥までおこしになれるとは」

「ええ、あの川のはじまりを見にきたんです」私はそう言って、旦那さんが頭を突っ込んでいる岩の下を指差しました。

「ああ、あんたさんらも物好きですなあ。ええと、どちらからですか?」

「東京です。東京の小平」

「へえ、東京。それはたいそう遠いところから。東京の人には珍しいんでしょうな、ああゆうのは」

「ええ、ところで」と私は言いました。「ところで、あの川はどこまで流れているんですか? 本当は下まで観にいこうってことになってたんですけど、夫もあの様子ですし、もう遅いから」

「ああ、下はつまらんですよ。途中で他の川と合流して、薄まってしまうから。それで、湖に流れ着いたときにはもう油のカスすら浮かばんのです。いや、これはよくわからんのですが、まあ、おおかた魚なんかが食べちまうんだと思ってるんですけど」

「ふうん。でも少しだけ心配ね、魚が油を食べるなんて。それとも、油を食べると脂がのって美味しくなるのかしら」

「さあ、私らはあのマヨネーズも魚も食わんですから」そう言うと、和尚さんは私に一礼して、何処かへ行ってしまいました。マヨネーズも魚も食べないと言っていたわりには、和尚さんはぶくぶく太っていて、額が脂ぎっていました。

 岩のところに戻ると、旦那さんはようやく頭を引き抜いて、顔や髪の全体にべったりマヨネーズをくっつけたまま、恍惚の表情を浮かべていました。私は呆れながらも、旦那さんの顔や髪を首に巻いていたタオルで拭ってやると、少しはマシになったのですが、結局テカリまでは拭えませんでした。

 その夜、私たちは丹波市内のビジネスホテルに一泊しました。ベッドに入る時、私はふと栃木県のヨーグルトが吹き出す沼のことを旦那さんに教えてあげました。すると、旦那さんはキラキラ目を輝かして、じゃあ今度の休みは栃木だねと言って笑いました。

 ブルガリアでもなく、カスピ海でもなく、栃木。今度の休みは栃木県に行くことになりそうです。

 

(2015年4月10日)