チョコレートとニキビ

 サカキくんに好かれたくて前髪をつくったら、おでこにニキビができてしまって、チョコレートが食べられなくなってしまいました。わたしは今一番サカキくんが好きで、二番目はチョコレート。あー、サカキくんとチョコレートが食べたいなー。サカキくんと一緒にチョコレートファウンテンの中で泳ぎたいなー。

 サカキくんのことを好きになったのは四月のある雨の日。運命的な出会いだった。進級のクラス替えで私たちは同じクラスになったのだ。しかも、わたしとサカキくんはお隣同士の席。ね、運命的でしょ。しかもサカキくんったら、席に座るなり机の表面をコンパスの針の先っちょでガリガリ削んの。ガリガリガリガリーッって。ガリガリガリクソンじゃないよ。わたし、ガリガリガリクソンって面白いと思うけど、タイプじゃないの。顎がしゅっとしてて綺麗な瞳をしてる人が好きなの。よーするに、サカキくんの顔が好き。横顔はとくに好き。ちょっと、エヴァに出てくるカヲルくんに似てるから好き。シンジは嫌い。

 ニキビできたのはチョー最悪。せっかくロイズのチョコレートが家にあるのに、わたしは食べらんないの。ありえる? そんなこと。もーヤダヤダヤダヤダ。なんでニキビとかできちゃうわけ? ちゃんと肌に優しい洗顔クリーム使ってるし、化粧水もケチらないでたっぷり使ってんのに。前髪だって下ろしてるのはキホン学校のときだけで家に帰ったらソッコー髪あげて顔に当たんないようにしてるのにさあ〜。まあ、いいや、いまんとこ私ん中でチョコレートは二番目だし。学校のときは前髪下ろしてるからサカキくんにはバレてないし。

 今日も、サカキくんはコンパスで机を掘ってて、横からちょっと覗いてみたら、どうも穴をあけているらしかった。ケッコー力入れて頑張ってんのに、意外に机の板もしぶといみたいで、なかなか穴はあかなくて、まだ半分も彫り進められてない。でも、サカキくんは真剣。チョーカッコイイ。ガンバレ☆サカキくん。ガンバレわたし☆恋せよ乙女。

 わたしが隣の席に熱視線送ってたら、横からユッコ。邪魔すんなよと思いながら、わたしは相づちを打つ。うんうんうんうんはいはいはいはいわかるわかるわかるわかる。ユッコの話と言えば、男子バスケ部のナカヤマくんの話で、実を言うとわたしは一週間前にナカヤマくんが一年生の女の子と一緒に帰ってるのみたことがあるのだけど、それは言わないでおくことにする。だってそのほうが面白いから。嘘、本当は面倒くさいから。ごめんね、わたし今はサカキくんのことしか考えたくないの。

 ニキビは潰しちゃいけませんって、ネットにも雑誌にも書いてあったけれど、これって本当はどうなの? 鏡見る度げんなりするから早く治って欲しいんですけど。っていうか、皮膚科とか行ったほうがいいの? あー、でも、近所の病院はなんか嫌だしなー。いっそのこと、サカキくんのコンパスでわたしのニキビ潰してくんないかなー。それだったら、もう穴あいちゃってもいいよ。だって、わたし、サカキくんに穴あけさせてあげたいもん。あんなに頑張ってるんだから、報われなくちゃね。わたしの恋心も成就しなきゃいけないし。もしかして、これってすごい発見なんじゃない? やっぱりわたしとサカキくんって運命の赤い糸で結ばれてる。

 そういえば、わたしがこうして日記を書きはじめたのも、サカキくんが一つのことを一生懸命に取り組む姿に影響を受けたからであって、こうして文字を書き連ねることでわたしはサカキくんに一歩ずつ近づいていってるような気がする。一つの単語を刻む度に、サカキくんのコンパスが机を一刺し。今日一日だって、原稿用紙5枚分くらいは書いてるから、これはすごいことだよ、サカキくん。でもね、わたしのこの想いは原稿用紙を何枚使っても書ききれないの。もっと紙と、ペンと、時間が欲しいの。サカキくんもそう思うでしょう?

 ユッコから電話が掛かってきて、出てみたら思いきり泣いてた。わたしは日記のペンを止めて、ユッコの話を聞く。ナカヤマくんの家のとこに行ってみたら、家の中からあの一年生の女の子が出てきたんだって。やるじゃん、ナカヤマ。どんまい、ユッコ。わたしは声のトーンを低くして相づちを打ち続ける。うんうんうんうんあーあーあー。そうやってやり過ごしてたら、やがてユッコはひとりでに泣き止んで、すっきりしたのか、こちらの話は聞かずに急に電話を切った。わたしは携帯をベッドの上に放り投げて、こうしてまた日記を書きはじめる。

 ねえ、サカキくん、あと少しで机に最初の穴があくよね。あいちゃったらどうするの? もちろん次の穴をあけはじめるんだよね。じゃあ、次のが終わっちゃったら? もちろん、その次。サカキくんは一途だから何度も何度も穴をあけるの。ガリガリガリガリーッて、何度もその音を聞かせてね。そして、いつかわたしのニキビに穴をあけてね。貴方のその鋭いコンパスで、わたしの顔に穴をあけてね。

 

(2015年4月13日)