□い生活

 三年前に少しだけ付き合った彼から連絡が来たけれど、私は返事をしないで放置している。私は彼が嫌いになったわけではなかったし、振られたときは半年引きずったのだったけれど、いまはとにかく連絡事の一切に反応するのが億劫で、彼だけでなく友達からの連絡すらも既読無視をし続けている。一ヶ月前に居酒屋のバイトを止めたきり、仕事もしていない。昨日は部屋の中を飛び回る緑色の蠅を捕まえていたら一日が終わった。別に不安も不満も感じない。ただベッドの中で何も考えずに過ごしていたい。欲を言えば、何時間でも眠ることのできる身体が欲しい。最近は寝すぎてうまく眠れないし、寝ても目覚めたときには頭がぼんやりしていて昼頃を過ぎると頭が痛くなるのだ。仕方が無いからテレビをつけてぼうっと徹子の部屋を見るけれど、内容は頭に入って来ない。ただ目の前でどぎつい色彩がチラつくだけだ。しかし、その意味の無い光と色彩の流転が心地いい。原始的な刺激が私の脳を安らかにする。

 私はテレビを眺めながら白湯飲み、キットカットを食べる。キットカットは毎日食べても飽きないけれど、奥歯で噛み潰すと少しだけ虫歯に沁みる。私は白湯を飲んで口内の不快感を拭い去ると、歯にこびり付いたチョコレートを舌先で綺麗にこそげとる。私の昼ご飯は白湯とキットカットだけだ。前はフルーツグラノーラに牛乳をかけて食べていたのだけれど、一週間くらいで食べ終わってしまったので、それからは白湯とキットカットを食べることにしたのだった。でも、もうすぐキットカットもなくなってしまうから、また新しい朝食兼昼食のメニューを考えなくてはならない。今度は出来るだけ虫歯に沁みないものにしたいと思う。例えば、パスタが食べたい。乾麺のパスタを茹でずにそのまま。茹でないのはただ単に茹でるのが面倒臭いからだ。お腹が痛くなりそうだけど、味らしい味がなくて食感が小気味よいので我ながら名案だと思う。というか、本当のことを白状すると、買いに出掛けなくてもよさそうな食べ物がもうそれくらしかないだけなのだけど。

 元彼からの連絡はごくありふれた内容で、ご飯ごちそうするから会えないかというものだった。もしかすると、一ヶ月前の私だったらすぐに連絡を返して会いにいったかもしれなかったけれど、いまの私には彼もご飯もどうでもいいことだった。別に人並みには欲求はあるとは思うけど、それらを満たすものはたいてい他のもので代用がきく。部屋にいればなんでも代用品があるのだから、わざわざ疲れてまでホンモノを求める意味はとくに見いだせない。そもそも外に出たところでホンモノなんて滅多にお目にかかれないのだし、だったら私はこの部屋の代用品とともに朽ちていきたい。彼らを大量に消費して、私自身も消費されてしまいたい。

 テレビからの刺激に飽きてしまうと、私はパソコンを開いて適当にネットサーフィンをしはじめた。テレビが勝手に情報を垂れ流してくれるのに比べ、インターネットはこちらが(どんな小さなものでも)情報を与えてやらないといけないので少し億劫だ。でも、インターネットは情報を与えてやりさえすれば、私の思考を代わりにやってくれるから非常に便利でもある。ためしに"振られた 元カレ 連絡"などとブラウザの検索バーに打ち込んでみると、「復縁の方法」という見出しが並んだ中に、「女の品格を守る方法」というのが出てきて私は思わず声をあげて笑ってしまった。

 夕方、元彼からは電話もきた。しかしベッドの上にいた私はテーブルに置かれた携帯をとるのが面倒で、結局とらなかった。夕飯は冷凍ご飯をチンしてその上に卵を乗っけて食べたけれど、夜中にお腹がすいて、最後のキットカットを食べた。キットカットを二つに折ると、パキッと音がして、それはキットカットが割れた音だと思っていたら、実は指の関節の泡が弾けた音だった。

 

(2015年4月20日)