カレーライス

 近所のスーパーマケットで買い物をしていたら、後ろから声を掛けられて、振り向くとコウダさんがいた。コウダさんは人参とじゃがいもをカゴに入れていた。カレーライスを作ると言うのだ。

「最近はやけに暑いからカレーライスが食べたくなっちゃって」コウダさんは笑いながら言った。

「あ、確かに。わたしもカレーライス作ろうかしら」

 言い終わる前に頭の中がカレーライスでいっぱいになる。ドロリとしたルウをわたしは銀色のスプーンで掬って食べていた。

「あの、よかったらですけど、わたしの部屋来ませんか?」

 コウダさんからの突然のお誘いに、わたしは少し戸惑った。うまく言葉を返せないでいると、コウダさんが、あの、本当によかったらなんですけどと言うので、わたしは慌ててお願いした。わたしが恭しくお辞儀すると、コウダさんはきゃらきゃらと笑った。幼馴染のよっちゃんの笑い声に少し似ていた。

「実はカレー作っても一人じゃ食べきれそうになくって困ってたんですよ」

「あ、わたしは今日の献立決まってなかったからラッキーだなって」

 わたしたちは他愛のない会話をしながら、カレールウやお肉を選び、会計を済ました。お金はわたしが払おうと思ったのに、押し問答があって結局ワリカンになってしまった。

 アパートに着くと、わたしは二階の自分の部屋に荷物を置き、缶ビールと赤ワインのボトルを一本持って一階のコウダさんの部屋にいった。コウダさんはもう野菜の下処理をはじめていた。コウダさんはタマネギを切り、私はジャガイモの皮を剥いた。作業をしながら、わたしたちは鼻歌でセッションした。ヘンテコでまとまりのないメロディを奏でるのが、妙に楽しかった。わたしは久しぶりに上機嫌になっていた。

「コウダさん、楽しいですね」

 切った野菜とお肉を炒めながらわたしは言った。コウダさんはまたきゃらきゃら笑った。彼女はプチトマトを切ってサラダを作っていた。

「でも、不思議ですね、ついさっきまで、お互いのこと全然知らなかったのに」

 わたしたちは同じアパートに住んでいるものの、これまでとくに交流があったわけではなかった。たまにアパートの前で軽い挨拶を交わすくらいで、正直なところ、ス―パーで声を掛けられたのには少し驚いた。そして、何より驚いたのはこうして話してみると、意外と緊張せずに話せることだった。

「そうですねー、もっとはやくに話してみればよかったですよね。あ、炒め終わったら言ってください。そこからは私がやるんで」

「うん、もうそろそろよさそうかな」

 炒め終わると、役割を交代してわたしはサラダの仕上げに取りかかった。コウダさんが鍋に水とブーケガルニを入れて煮込みはじめると、やがて出し汁から芳醇な香りが漂ってきた。コウダさんはしっかりと灰汁を掬った。お玉をひっくり返す動作が金魚すくい名人の動きに見えて、わたしは思わず笑ってしまった。

 時間をかけて具を煮込み、ブーケガルニのパックを取り出してからカレールウを溶かした。ルウを溶かすとき、コウダさんは何やら冷蔵庫から取り出して、鍋の中に入れていた。わたしが何入れたの?と聞くと、コウダさんはヒミツの隠し味ですと言っていたずらっぽく笑った。炊飯器ジャーから白い蒸気が立ち、ご飯の甘い匂いとカレールウのスパイシーな香りが混ざり合って、わたしたちの鼻をくすぐった。大きく息を吸い込むと、お腹がグウと一鳴りした。

 

(2015年4月29日)