ゴロゴロパタン

 僕は忍者じゃないので手裏剣は投げられないし、ギタリストじゃないからギターも弾き熟せない。じゃあ僕にはいったい何ができるのだろうと考えるのだけれど、これといって得意なものはないのだからどうしようもない。眠るのは好きだ。でも眠りすぎて最近は寝付きが悪くなっているのだから、得意だと言うことはできそうにない。

 昼頃に起き出してきて、トーストを食べ、またソファの上でゴロゴロする。二週間以上もう学校に行っていない。ようやくしっかりと目を覚ました時には14時を過ぎていて、どこにも行く気がしないから、DVDで映画を見はじめたのだけれど、途中でつまらなくなってきて結局30分で見るのをやめてしまった。

 眠れる気は全くしないのに、頭がぼうっとして身体が怠い。日記を書いてみるけれど、事実だけを書けば三行にも満たないので、粉飾して学校に行ったことにする。

 今日、僕は学校に行って、経済学の講義と日本美術史の講義を受けてきた。日本美術史の講義は『盧遮那仏のお尻の薄さについて』だった。僕はプリントの端っこに、講師の似顔絵を描いていた。僕の描いた講師は、骸骨みたいになってしまった。

 授業が終わったあと、僕はサークルに顔を出した。××大学文芸サークル山田猫。部室に行くと、ハナレモンさんとタノマルくんがいた。ハナレモンさんはカポーティの短編集を読んでいて、タノマルくんは白泉社の漫画雑誌『花とゆめ』を読んでいた。

「パタチャワンさん、お久しぶりですね」僕が部室に入ると、タノマルくんは『花とゆめ』から目を離して挨拶をした。

「ああ、タノマルくんお久しぶり、ハナレモンさんも」僕がそう挨拶すると、ハナレモンさんは本から目を離して、コクっと頷くようにお辞儀した。

 僕はタノマルくんの隣の席に座って、部室の書棚を眺め回したが、これと言って何かを読む気にはならなかったので、創作ノートを取り出して、いつまでたっても完結しない物語の構想を練りはじめた。その物語は、家から出ない主人公がフリーザを倒して世界を救うという話だった。三行書いて、読みなおして、消す。その繰り返しで、この物語が先へ進むことはなかった。結末の映像はぼんやり浮かんでいたが、それを描写する日はいつまでたっても来ないのだった。

 バタンと部室のドアが開いて、サークル長のヒタミソクリーム氏が入ってきた。クリーム氏は僕を認めると、ニヤリと笑った。嫌な笑顔だった。

「あらら、パタくんが来るなんて珍しいこともあるのね」クリーム氏は言った。

「うん、僕もたまには顔を出さないとね、一応これでも副サークル長なわけですから」

「何か描いてるの?」

「うん、新人賞に応募するための原稿をね」

「へえ、それなりにはちゃんとやってるってわけね。まあ、新人賞に送るっていうのは大変けっこうだけど、『ぽぽろん』の原稿もしっかり書いてもらわなくちゃ困るわね」

 『ぽぽろん』は文芸サークル山田猫の文芸同人誌だ。一応、年に二回発行しているのだけれど、僕は一年のときに詩を書いて寄稿したっきりで、それからはいまに至るまで一度も原稿をあげたことがない。本当は、二年の夏の号に、"家から出ない主人公がフリーザを倒して世界を救う話"を寄稿しようと思っていたのだけれど、締切に間に合いそうになかったので、途中で筆を投げてしまったのだった。

「もちろんさ。『ぽぽろん』には二年以上あたためた作品を寄稿するつもりだよ」

「それは、楽しみね。でも、パタくんは卒論も書かなくちゃでしょう? そっちは大丈夫なの?」

「さあね。まあ、卒論のテーマはもう決まっているから、あとは調べてぱぱっと書くだけさ」

「ふうん、なんのテーマにしたの?」

「ああ、『日常の出来事を粉飾してしまうことの妙味について』さ」

——あえてもう一度言うけれど、僕は忍者じゃないから手裏剣は投げられないし、ギタリストじゃないからギターも弾き熟せない。でも、それって、本当のところはどうなんだろう。例えば、ここに、"僕は手裏剣を投げた"と書いてみれば、なるほど確かに手裏剣が飛んでいくし、"僕はギターを弾いた"と書けばメロディーが聞こえてくるでしょう? 本当のところは僕の日常なんて誰にもわからないんだから、好き勝手に書いてそれをホントのことにしちゃえばいいんじゃないかな。まあどうでもいいや。ほら、もうすぐナメック星が破壊されて、フリーザが地球にやってくるよ。よかったね、これで物語の結末を書くことが出来そうだね。

 

(2015年4月16日)