グリンピース

 アパートの階段を降りるとタカナシさんがそこに突っ立っていたので、私たちはそのまま結婚した。それからもう二年になる。私はタカナシさんのことを旦那さんと呼び、タカナシさんは私のことをお嫁さんと呼ぶ。タカナシさんがバツイチだったということは、結婚するまで知らなかった。でも別にバツイチだからといって、結婚しようという気持ちは変わらなかった。タカナシさんがアパートの一階に突っ立ていたから、私は結婚したのだ。アパートの一階に突っ立ていたタカナシさんの顔にはバツイチだとかいう余計な情報は書かれていなかったし、それならば全く問題ないのだった。

 結婚することが二人の間で決まると、タカナシさんは子どもを私の部屋につれてきた。八歳くらいの男の子だった。私が自己紹介をすると、その男の子はちょこんと丁寧にお辞儀をして、タカナシミツヤですと言った。私はミツヤくんという名前を珍しいなと思って、それじゃあ、サイダーくんだね、と言うと、ミツヤくんは照れて下を向いた。その日、私たちは親睦会を含めて近所のファミレスでハンバーグオムライスを食べた。ミツヤくんはグリンピースが食べられなかった。

「グリンピースはねえ、なんかもわっとするんだよねえ」

 私がピラフを作ったときも、ミツヤくんはそんなことを言って、グリンピースだけを綺麗に残した。グリンピースを食べないと大きくなれないよと私が言うと、ミツヤくんは、それは困るんだよなあと言って、スプーンの先でグリンピースをころころ転がした。タカナシさんは私たちのやり取りを見ながら、只々笑っていた。

 タカナシさんがフランスに赴任することになると、私とミツヤくんは暫く二人で暮らすことになった。その間、ミツヤくんは二桁同士のかけ算と、縄跳びの二重跳びが出来るようになった。私はタカナシさんが育てていたガーベラの世話と、文芸雑誌の新人賞に応募するための小説の執筆に勤しんだ。筆はなかなか進まず、いつまでたっても原稿用紙が埋まらなかった。

「ねえねえミツヤくん、ガッコーでは今何が流行ってるの?」ミツヤくんがあまり私に構ってくれなくなってきていたので、私はどうでもいい質問を何度も投げかけた。

「え、プリキュアハローキティ」ミツヤくんもいい加減な受け答えをする。難しい年頃に差し掛かっていた。

「へえ、あたし、プリキュアはよくわからないけど、ハローキティは昔かなりハマってた時があってねえ、あ、そしたら今度ピューロランド行ってみる?」

「いい、ハローキティは別に好きじゃないから」

 ミツヤくんは首を縦に振ってくれなくなった。グリンピースを食べない時の強情さが、色々な局面で発揮されるようになっていた。私も私で意固地になって、首を縦に振ってくれるまで何度もしつこく誘い続けるようになっていた。

「えー行こうよー。楽しいよ、ピューロランド」

「いいって、僕、男の子だし、そういうとこ行かないんだよ」

「むむむ、じゃあもうガッコーの給食費払うのやめちゃおー。もう給食食べられなくなっちゃうんだよ、ミツヤくん」

「なんでそうなるわけ。そしたら僕ももう一緒にお風呂入ってあげないけど」

「えー。じゃあ、ジャンケン。ジャンケンで決めよ。私が勝ったらピューロランド。ミツヤくんが勝ったらミツヤくんの好きにしていいよ」

「うーん、僕ジャンケンって苦手なんだよなあ」

「じゃあ、ドンパッパしよう、ドンパッパ」

「なあに、ドンパッパって」

 私はミツヤくんにドンパッパの説明をした。私の説明は要領を得ず、とてもぎこちなかったのにも関わらず、ミツヤくんは結構あっさりルールを理解した。ああ、軍艦じゃんけんみたいな感じかあ、となにやら物騒なことを言ったりしていた。

 "グリンピース”を合図に、ドンパッパをはじめる。グリングリンパリン、パリンパリンチョリン、チョリンリョリングリン。三回やって、三回とも私が勝った。ミツヤくんはわざと負けたのかもしれなかった。

 次の日曜日、私はミツヤくんとピューロランドに行った。行ってみると、ミツヤくんは私よりも楽しそうだった。レディキティハウスショップで、マグカップなんかを欲しがったので、大きめのものを一つと、小さめのペアのものを一つ購入した。大きめのものはタカナシさんので、ペアのは私とミツヤくんのだった。

 ピューロランドからの帰り、またあの近所のファミレスでハンバーグオムライスを食べた。ミツヤくんはグリンピースを一つだけ食べてみて、やっぱりもわっとするんだよね〜と言って、その後はきっちりよけて食べなかった。私は自分のハンバーグオムライスを食べ終えると、わざと溜め息をついてから、ミツヤくんのお皿に残ったグリンピースをスプーンで掬って食べてあげた。青臭くて、ほんのり甘い味がした。

 

(2015年4月5日)