ベッド・イン

 四日間ジョンがホテルのベッドから出ずに抱き合っていたのはナスビだった。黒紫色のぶっといナスビ。ヨーコでなければ、イチジクでもない。強く抱きしめると、弾力はあるが少しヘコんで痕が残る。ぶちぶちとナスビの繊維が千切れる音がする。

「どんぐりころころ/どんぶりこ/お池にはまって/さあ大変/どじょうが出てきて/今日は」

 どじょう。そういえば、ぶくぶく太ったどじょうに見えなくもない。すると僕はどんぐりなのだろうか。ジョンはシーツに包まりながら暫く考えた。自分がどんぐりになって、丘をころころ転がってゆくのを想像すると、ジョンは気が楽になった。しかし、それは束の間の出来事だった。どんぐりの中にはゾウムシの卵が産みつけられていて、間もなく孵化して、白いウジ虫のような幼虫が這い出てくるのだ。どんぐりはゾウムシに乗っ取られて、実の中を全て喰われてしまう。

 ジョンは曇った頭の中で、ヨーコの不在を嘆いていた。ヨーコがいつの間にかナスビに変わってしまっていたのか、そもそもジョンが抱き合っていたのは最初からナスビだったのか、彼にはよくわからなかった。いやにはっきりしていたのは、自分の所在で、ナスビの肌のつるりとした感触だった。

 のっぺらぼうのナスビが口を開く。

「He rejoices in good......」

「I knew it,but......」

 ジョンは枕元に置いてあったビスケットを一枚食べた。口の中の水分が一度に奪われ、咀嚼する度に粉塵が喉の奥に運ばれて気管に入り込もうとする。ジョンはむせて水を求めたが、あいにく今日までの三日間でベッドの上のミネラルウォーターは全て飲み干してしまっていた。仕方がないからジョンはナスビを齧ると、奥歯でその実を絞って水分を出そうとした。青臭い味が口一杯に広がる。自分を捨てた母の乳の味によく似ていて、ジョンは思わず涙を流した。

「He rejoices in good......」ナスビは同じ言葉を繰り返す。

 シャッター音がして振り返ると、ベッドの周りを十数台のカメラが取り囲んでいた。ジョンとナスビはこうして監視され、記録されていた。フラッシュが眩しい。一瞬のうちに目の前が真っ白になって、またすぐさま現実に呼び戻される。灰色の現実。

「I knew, I knew it, but......」ジョンは涙を裸の手の甲で拭きながら、懇願するように言った。ナスビは相変わらずのっぺらぼうのままだった。齧られた部分だけが、じゅくじゅくしていて熱を帯びていた。

 ジョンは身体をもう一度ナスビに寄せると、顔を彼女の傷口に近づけて、そこに接吻をした。傷口からとろりとした粘膜が染み出し、ジョンの口の中に侵入した。ナスビはそれでもずっと、「He rejoices in good......,He rejoices in good......」と言い続けていた。ジョンも粘液に舌を滑らせながら、それでもずっと「I knew, I knew it, but......」と応え続けていた。

 

(2015年4月3日)