怪獣

 本を食べる怪獣というのがいて、十年前に一度、そいつを庭で飼ったことがあるのだけど、なんといっても一日の食事量が多くて大変だった。一度の食事に400p分は食べないと気が済まないらしく、200pしかあげてやらない時なんかは、口から火を吐いて脅してくるので、急いで蔵に積まれた段ボールの中から祖父が残した古本を持って来なくてはならなかった。しかも、本なら何でも食べるというわけではない。僕が飼っていた怪獣はグルメだったから、本の好き嫌いが多いのだ。例えば、探偵小説は食べるけど、メタミステリーは食べない。ウチの怪獣は複雑な味を好まないのだ。同じ理由で現代の純文学もあまり食べない(但し、女性作家の作品はよく食べる)。実に家族を困らせる怪獣だった。

 でも、ある日、弟がロラン・バルトの本をあげてみてから、怪獣の様子がおかしくなってしまった。今まではろくに噛まずに飲み込んでいたのに、やたらと咀嚼するようになって、一度の食事に時間がかかるようになった。また、それに伴って、一度に食べる量が減り、200p食べただけでもお腹がいっぱいになってしまうらしかった。依然として好き嫌いはあるみたいだったが、前みたいに頑なに拒むようなことはなくなった。

 母がとても心配したので、僕は怪獣を動物病院に連れて行ってあげることにした。お医者さまに見せると、テクスト症候群だと言われた。別に健康に差し支えがあるわけではないらしいが、まだ若いから注意が必要だと言われた。これがラング症候群に発展するとよろしくないとも言われた。

 結局、経過観察ということになって、僕らは家に帰された。家に帰ると、怪獣が本を欲しがったので、僕はガルシア=マルケスの本をあげてみた。怪獣は美味しそうに食べて、すかっり食べきると大きくゲップした。満足そうな怪獣を見ながら、明日はプルーストをあげてみようと僕は思ったのだった。

 次の日、怪獣の様子を観にいくと、彼は庭の隅にうずくまって硬くなっていた。僕はあわてて動物病院のお医者さまを呼び、怪獣を見てもらった。怪獣はサナギの状態になっているとお医者さまは言った。サナギの状態がいわゆるラング症候群らしい。テクスト症候群からラング症候群への移行がこんなに早いも怪獣は見た事がないとお医者さまは驚いていた。そして、いつ孵化するかはわからないと言っていた。

 それから二週間経った頃だろうか、サナギが孵化して、大人に成長した怪獣が出てきた。怪獣はサナギから出ると、すぐさま空中に飛び上がった。そして、大きな羽根で空中を舞い、そのまま何処かへ飛んでいってしまった。飛び去るとき怪獣が何か言ったような気がしたが、風が強くてよく聞き取れなかった。

 

(2015年5月7日)