フランスパン

 僕の友達にはフランスパンの種類をみごとに言い当てることができる女の子がいて、この前、彼女にフランスパンで釘を打つことは可能であるかと訊いてみたら、彼女は当然だといわんばかりにできると言って、確かに僕の目の前でそれをやってのけた。釘は木の板にしっかりと打ち込まれて、横から押してみたり、上に引っ張ってみたりしてもびくともしなかった。フランスパンのほうはというと、キズ一つ付いていなくて、岩のようにゴツゴツした表面を自慢げにみせていたので、僕は頼もしいと思った。

「将来はパン屋を開きたいの」

 いつだったか、彼女が僕にそう言ったことがある。

「え、僕もなりたいんだけど」

「じゃあ、一緒にお店つくろうよ」

「いいよ」

 そうして僕らはパン屋をはじめたのだった。フランスパンだけ売っているパン屋さん。浦和の駅前にちょうど空きテナントができていて、そこを借りてお店を始めたのだった。お店は開店直後から順調な売れ行きで、行列はできないまでも、地元のテレビ局が取材にくるほどの好調な滑り出しだった。でも、彼女が地元のフランスパンマイスターとして地方紙のコラムを担当するようになると、僕はフランスパンの種類を未だに理解していない駄目な人間として、彼女からクビ宣告を受けた。僕は三十半ばで職を失い、仕方が無いので、パン屋の斜め向かいのファミリーマートでアルバイトをはじめた。

 それから三ヶ月あまりが過ぎて、ふとパン屋の前に立ち寄ってみると、新しいパン職人が窓ガラス越しにちらと見えた。彼は(おそらく)フランス人だった。僕は嫉妬してしまって、その日のコンビニのバイトは適当な理由をつけて休んでしまった。

 

(2015年5月4日)