ナナミノソーダ

 公園を歩いていると喉が渇いて、自動販売機でお茶を買った――確かにお茶のボタンを押したはずなのだけれど、落ちてきた商品を見てみるとダイエットコーラだった。問題は僕が炭酸を飲めないということで、そればっかりはどうしようもないから、少し考えた末にダイエットコーラを鞄にしまって、もう一度自動販売機にお金を投入し、今度こそお茶を買った。急いで飲んだせいか、必要以上に多く飲んでしまい、お腹がたぷたぷになって苦しくなった。ベンチで休もうかとも思ったけれど、暑い日差しの下でじっとするのはなんとなく嫌だったので、またゆっくりと歩き出した。

 自分のアパートに帰ると、部屋にナナミが居た。彼女はスマートフォンを見つめていて、僕が部屋に入るとこちらをちらっと見て、ごにょごにょした口調でおかえり〜と言った。僕は床に鞄を床に置きながら、来てるなら連絡しろよと言った。ナナミは返事をしなかった。

「あのさ、これ」僕は鞄の中からダイエットコーラを取り出して、ナナミの目の前に差し出した。

「え、なにこれ、え、なんで?」ナナミは目を丸くした。

「なんか、間違えて買っちゃったから」

 ナナミは、なにそれと笑いながら言い、ダイエットコーラを受け取ると、キャップを外して一口飲んだ。炭酸が抜ける音が妙に僕の耳の中に張り付いた。

「あ、それから、これから暫く泊まってくから」ナナミはこちらを見ずに言った。

「え、なんかあったの?」

「うん、シュウジと喧嘩した」

 シュウジくんはナナミの彼氏だ。二人は学芸大前にあるアパートで同棲している。どうやらナナミはシュウジくんと喧嘩して部屋を出てきてしまったらしい(さすがに追い出されたというわけではないだろう)。

「いいけどさ、暫くってどのくらいいるつもり?」僕は訊いた。

「知らないよ。シュウジにきいてよ」

「まあ、いいや。で、お腹空いてるの?」

「うん」

「なに食べる?」

「オムライスだね、今日は、うん。オ・ム・ラ・イ・ス」

「卵足りないんだけど」

 「買ってきてよ」

 僕はわざとらしく溜め息をついてから、また鞄を持った。一人で行かせる気?と一応訊いてみたけれど、ナナミは弾んだ声でうん!と言っただけで腰をあげようとしなかったので、僕は"一人"で部屋を出た。ドアを閉めた時、僕は振り返ってしげしげと表札を眺めてしまった。表札には確かに僕の名前が書いてあった。確かにここは"僕の部屋"なのだ。

 アパートから徒歩5分のスーパーに行き、賞味期限のなるべく長い卵を一パックを買った。帰り道、途中のコインパーキングのところに自動販売機があるのを見つけて、なんとなくジュースを二本買った。僕は喉が渇いてしまっていたけれど、アパートに着くまで我慢した。炭酸を二本買っていたことには全く気がつかなかった。

 

(2015年5月3日)