福笑い
年明けに地元の神社でおみくじを引いたら大凶で、でも大凶なんかを引くのは大吉を引くよりも確率が低いのだから或は運がいいのかもしれないよと、旦那さんに慰められたのだけれど、やっぱりどうも今年に入ってから困ったことばかり起こっている。とりわけ困っているのは、自分の部屋に貧乏神と妖怪枕返しが住みついてしまったことだ。枕返しはわたしが寝ている間に枕をひっくり返してきて地味に安眠を邪魔するし、貧乏神は毎日焼きみそをくれてやらないと夜泣きする。いまのところ目立った被害はないようにも思えるけれど、それでも部屋で一人きりになれないというのはけっこう辛い。家が貧乏にならない代わりに、わたしの心と身体がどんどん貧乏になっていっているような気がする。
一週間前に旦那さんと喧嘩をしてからもうずっと口を聞いていない。喧嘩の発端は本当に瑣末なものだった。テレビでドラマを見ていて、わたしの好きな俳優の演技を旦那さんが駄目だと言ったので、そこから口論になったのだ。口論はどんどん変な方向に逸れていって、やがて途方も無い水掛け論に発展して、しまいには二人とも話すことを失った。旦那さんが自分の部屋に籠ってしまったので、わたしもわたしの部屋に行くと、部屋の片隅で貧乏神がニンマリ笑っていた。目が半月になっていていやらしかった。
「ねえ、なんでわたしなんかに取り憑いたのよ、あんたら」
わたしは貧乏神と枕返しにこう訊いてみたことがある。貧乏神とはいえ、あんたと呼んでしまったのは今から思うと、失礼だったかもしれないけれど、あの時のわたしは気が立っていたのだから仕方が無い。月もちょうど満月になる少し前のことだったし。
「お味噌くれじょ、お味噌」貧乏神はそのときもいやらしい目をしていた。枕返しは何も喋らなかった。
「お味噌あげるから、なんか、別のとこ行ってくんない?」
わたしは焼きみそを作って、小鉢に盛り、貧乏神にあげた。一応は供えてやったつもりだったけど、やるなり貧乏神がガツガツ喰いはじめたので、ペットにドライフードをあげているような気分になった。
ふと横を見ると枕返しが物欲しそうな顔をしていたので、おまえも何か欲しいの?と訊いたら、こくっと頷いた。わたしは一旦部屋を出て、また戻ってくると、枕返しにかっぱえびせんをあげてみた。枕返しは恐る恐るかっぱえびせんを食べた。妖怪がかっぱえびせんを美味しそうに食べているのが愉快だった。
一人で笑っていると、ドアが少し開いて隙間から旦那さんが顔を覗かせた。どうしたの?と言って、わたしの部屋の中に入ってくる。わたしは貧乏神と枕返しを指差した。旦那さんは首を傾げたが、それでも笑ってくれた。どうやら旦那さんには貧乏神と枕返しが見えないみたいだった。
「今年の初詣でわたしが大凶引いたの覚えてる?」わたしは言った。
「ああ、そういえばそうだったね。いまのところどう?」
「うーん、やっぱり当たってるかも」
「そっか。でもさ、あのおみくじ、大凶っていう割にはけっこう良いこともかいてあったよね」
「そうだっけ。内容までは覚えてないな」
「そうだよ。争事まかせてよし、って」旦那さんは笑った。貧乏神と枕返しも大きく口を開けて笑っていた。
(2015年5月2日)