カッコウの娘は夢を見る

 二丁目の通りを歩いていると、赤ん坊をおぶった女の人に出くわして、この子はあなたの子どもなのだから、あなたが育てなくては駄目じゃないですかと叱られて、赤ん坊を手渡された。妙にずっしりとした赤ん坊で、わたしが抱くとビイビイと泣き喚いた。粘土みたいな顔がくしゃっと潰れて、目鼻が顔にめり込んでいる。いや、やっぱりこの子はわたしの子どもではありませんと言おうとして前を見ると、もう女の人はいなくなっていた。わたしは途方に暮れながら、それでも赤ん坊をしっかりと抱いて、自分の住んでいるアパートに向かった。赤ん坊がいつまでも泣き続けるので、わたしは人攫いにでもなったような気になった。通りですれ違う人たちがわたしを訝しげに見ていたので、わたしは足を速めた。

 アパートに着くと、急いで部屋の中に入った。六畳一間の部屋の中心に佇んで、わたしは迷った。赤ん坊をどこに置いたらいいのかわからなかったのだ。数分その場で考えて、とりあえず自分のベッドの上に置いた。ベリーキャリーを外してやると、赤ん坊はようやく泣き止んで、目をぱっちり開けた。黒目にわたしの顔が映っている。わたしは何故だかこの赤ん坊が本当に自分の子どもであるような気がしてきた。いや、というよりそれは確信に近かった。恐る恐る小指を赤ん坊の口の前に差し出すと、赤ん坊は口を開けてわたしの小指をしゃぶりはじめた。指は赤ん坊の唾液まみれになって、あとでこっそり匂いを嗅いでみると甘い匂いがした。

 翌日、わたしは赤ん坊を背負って通りを歩いていた。二丁目の通りに出ると、前の方から女の人が歩いてきた。その女の人を認めたとき、わたしは不思議な感覚に囚われた。あの女の人こそこの赤ん坊の母親なのではないか? その疑念は女の人が近づいてくるほど大きくなり、やがて確信に変わった。アスファルトが波打ち、クラクラして、わたしは立っているのがやっとだった。そして、何故か心の底からふつふつと怒りが込み上げ、それは一度沸騰しはじめると止まることを知らなかった。

「この子はあなたの子どもなのだから、あなたが育てなくては駄目じゃないですか」やっとの想いでわたしは言い、ベビーキャリーを肩から外して、わたしの赤ん坊を女の人に押し付けた。

 

(2015年5月1日)