テントウムシの沼

 三年越しに届いた手紙の封を開けようとしたら、左手の甲をテントウムシがよじ登っていたので、反対の手でそれをデコピンすると、おしっこみたいなやつを引っ掛けられた。手紙は差し出し人がわからなかったけど、たぶん沼の近くに住んでいる大神さんからの手紙に違いなかった。沼には鎌倉時代の落ち武者の骸骨が埋まっているという噂があって、隣の家の浩二くんは沼で落ち武者の幽霊を見たというのだから、たぶん本当なのだろう。浩二くんは大神さんのところの娘さんと駆け落ちしてから、未だ行方がわかっていない。あれは三年前のことだ。

 テントウムシは落ち武者のことなんて知らないものだから、あの沼に飛んで行ったとしても別段困らないだろう。手紙は果たして大神さんから届いたものだった。前略。ということは何かを省略したのだろうけど、沼には季節などないのだから、いったい何の挨拶を省略したというのだろう。テントウムシは床でひっくり返ったまま、空を仰ぐようだ。ずっと、そのままなのだ。

−−わたしの娘は行ってしまったのですね。あなたにそれを聞くのは酷なことだったかもしれません。だって、あなたはわたしの娘の息子なのですから。わたしは最近、このように思うのです。彼らは沼の中にいるのではないかと。そう、そう思えるようになったのです。きっと、そうなのです。彼らはずっと、そのままなのです。